節約という行為について思うところ
運(徳)を貯める行為
ちょっとスピリチュアルなんですけども、「節約」というよりは「節制」なのかもしれません。
節約をすることで運気を貯められるのではないかと思っています。
根拠としては、過去に江戸時代後期の有名な人相見である水野南北という人の本を読んだからです。人相見とは人の相を読んで背の人の運勢を占う人です。
彼は「粗食することで運気を上げることができる」という説をぶち上げました。南北は若い頃に風呂場で働き、人の相を(顔だけでなく体も)観察し続けたそうです。
ま、一種の統計ですよね。ある種のパターンを読み取った訳ですね。帰納法的手法をとった訳です。
その上で「運気は食にあり」と結論づけた。
私、運気は貯められると思っていまして、若い頃苦労したり、貧乏してる人って晩年は裕福だったりする人、結構いるじゃないですか。あれってそういうことなんじゃないかと思っています。
GACKTなんかは1日1食で有名な金持ちですし、タモリさんも確か1日1食派ですよね。
「たまたま金持ちに1日1食が多いだけでは?」と言えるかもしれませんが、卵が先か鶏が先か、ですね。
しかしながら、少なくとも水野南北はいろんな人を見た結果、そういう結論になり粗食を勧めて江戸一の人相見として評価されていたのは事実であるようです。
仮に人間の一生における「徳」というやつが存在していて、その徳がある程度分量が決まっているものなのであれば、それを貯めた方が良いことが起こりそうですよね。
投資の界隈で有名なウォーレンバフェットはマクドナルドのハンバーガーとコーラしか食べないと言われていますが、あれは粗食なのか?とも思うのですが、節制された食事ではありそうですね。
日常への感謝
これまたスピリチュアルじゃあねえかよ!と言われそうですね。私もそう思います。そうなっちゃいました。というか、私はスピなんでしょう。
簡単な例を出しますと、普段からそんなに美味しい食事を食べていないと、たまに食べる高級料理がものすごく美味しく感じられて喜べるって話です。
逆に言うと、普段から美味しいものを腹一杯食べていたら美味しく感じられなくて楽しめなくなりますよね。
学生時代に後輩が言っていました。「空腹は万能の調味料ですよね。なんでも美味しく感じさせてくれますから!!」なるほど、なかなか的を得ている、と思いました。
節約を最近始めてから思うのですが、節約も悪くないな、と思う時があります。多少の不便や不足がある方が、ちょっといいことがあるだけでかなり嬉しい。
これっていいなって思います。
車のない生活になるとタクシーに乗ると「おお、すげえ、早え」ってなりますし。
ちなみに勝海舟の家の飯はまずいことで有名だったそうです。どうでもいいことですが。
ただ、奥さんの味覚がおかしかっただけかもしれませんけどね。笑
ちょっと欠けてるくらいの方が、創意工夫も生まれますし、楽しめる余地があるとも思えるんですよね。
ある種、節約生活をしていると「研ぎ澄まされる」感覚がありますね。私は。
少なくとも無駄は削ぎ落とされる。
なんかね、「生きてる」って感じがしてきますよ。
お金が貯まる
最後はごくごく単純な物理的な結論ですが、お金が貯まりますね。
当たり前やんけ。
ただ、これについても横道に逸れます。明治時代の倹約家で、本多静六という人がいるんですけども、
この人が家族に言っていた言葉が面白いんです。
「欲しい物があったら、それを買ったつもりになり、買ったものは一時的に店に預けたと自分に言い聞かせなさい」
これすごいですよね。笑
本多静六はお金はあるんです。だからその気になればいつでも買える。
だけれどもそれはお店に預けているんだと思う訳ですね。笑
お店は自分達の家の倉庫代わりだと思う訳です。
犬が欲しくても店に預けておいて、時々ウィンドウショッピングで会いに行く訳です。
全員が全員、これをやってしまうと貯蓄ばかりで経済が回らなくなるので国の財政は破綻するのですが、そうならないところが面白いですね。
人間はなかなか欲に勝てない。
最後に
まあ、今回は節約について自分が普段考えていることを記録として残しました。
節約、と一言に言ってもいろいろな見方があります。
それは昔の人も同じように考えてきたことでしょうし、本を通じて過去と現在が交わった私の頭の中の考えは文字に起こしてもちょっとは面白かろう、とのことで書きました。
誰かのお役に立ったら嬉しいですね。
また、水野南北、本多静六の著書もなかなか面白いので、興味ありましたらぜひ読んでみてください。
では、また。
これはCTAサンプルです。
内容を編集するか削除してください。
